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連載記事杉山慎策の経営学考察

国富論を読む2

 スミスの時代の産業構造は農業に代表される1次産業に加えて、第2次産業の製造業が大きく発展してきた時代だった。彼自身はグラスゴー大学で論理学の教授をしていたので、第3次産業であるサービス産業に属していた。第3次産業が主力となっている現代とは異なり、サービス産業は当時ほんのわずかなウエートしかなかった。

 スミスはグラスゴー大学を辞し、スコットランドの貴族であるヘンリー・スコット公爵の家庭教師としてフランスやスイスなど欧州を旅行し、現地の知識人たちと交流した。これを「グランド・ツアー」と言い、「グランド・ツアー」があって初めて「グランド・デザイン」は生まれる。通常「グランド・ツアー」にはイタリアへの旅行も含まれるが、スミスはヘンリー・スコット公爵の弟がパリで亡くなったことからイタリアには行っていない。イタリアをカットした「グランド・ツアー」であったが、スミスの「グランド・デザイン」はまさに「国富論」である。

 スミスはフランスでケネーやヴォルテールなどと交流をした。彼らとの議論の中からケネーのような重農主義的考えでは国は豊かにならないということを看破していた。イギリスでは既に自給自足型の手工業生産から、農村からの人の移動により生じた都市近郊の労働者を活用した問屋制家内工業へ進化を遂げてきていた。スミスの存命中には蒸気機関車などの大型の産業革命を見ることはなかったが、しかし、フランスなどと比較し経済活動が農業から製造業へ変化を遂げ、その結果豊かな社会が生まれていることを「グランド・ツアー」で実感したに違いない。

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本誌:2024年1月1日号 95ページ

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